(出典:歌詞画像広場)
RADWIMPSを初期の頃から知っている方ならご存知かもしれませんが、結成当初は今のメンバーではありませんでした。
2枚目となるアルバムがリリースされた以降は今のメンバーなので、その前となる初期メンバーを知っている方はおそらく少ないのではないでしょうか??
今回はそのあたりを中心に書き綴りたいと思います。
目次
桑原 彰という男
ボーカルである野田を除けば桑原が唯一結成当初から残っているメンバーです。
映画「君の名は。」や紅白歌合戦などの影響で知名度が爆発的に上がったRADWIMPS。
その頃からRADWIMPSを知ったという方は特にこの事実を知らないのではないだろうか。
桑原は実は高校を中退しています。
その理由というのが、「俺はRADWIMPSで食っていくから」
わずか16歳でこの決断をした桑原。
さぞかし親や教師、周りの人間からは反対されたのではないだろうか。
音楽に限らず、俺はこの世界で食べて行くと発言し、周りの反対をおしきってその道に進むという話は全く聞かない話ではない。
あなたの周りでもそういった知り合いが1人はいるのではないだろうか?
しかし、実際に成功する人間はごくわずか。でも実際に行動に移していかないと叶えられないというのもまた事実。
こういった発言や行動がかっこいいと思われるのも結果論と言われればそれまでなのかもしれないが、例え叶いはしなくともこのように自分を貫いて生きている人というのは本当にかっこいいと私は思う。
RADWIMPSのリーダーである桑原。
RADWIMPSといえばどうしてもボーカルである野田の印象が強いだろうが、そもそもRADWIMPSを結成しようと野田に話をもちかけたのがこの男、桑原である。
そう、RADWIMPSというバンドはこの男なくしては始まらなかったのである。
RADWIMPSの初期メンバー
野田 洋次郎
桑原 彰
斉木 祐介(ギター担当)
朝生 恵(ベース担当)
芝藤 昭夫(ドラム担当)
結成当初はこの5人だったRADWIMPS。
みなさんが知らないとすれば斉木、朝生、芝藤のこの3人だろう。
2003年に野田の受験を理由に一時活動休止するのだが、その前はこの5人で活動していたのだ。
必然1枚目のアルバムを演奏しているのはこの5人ということになる。
ライブなどでアンコールをする際にファンで合唱する「もしも」などもこの5人によってうみだされた曲なのだ。
その後野田が見事大学に合格し、メンバーチェンジを行い今の4人となったのである。
なぜメンバーチェンジを行ったかなどそのあたりの細かい事情などについては知らないが、年齢的にもそれぞれ進路を選ぶ大事な時期だったと思うので、そのあたりの事情も絡んでいるのだろう。
サポートドラム
ドラムの山口が持病の悪化により休養していることはご存知の方が多いだろう。
その際にRADWIMPSを辞めるという話もあったそうだが、あくまで休養中なので3人で活動している現在でも山口はれっきとしたRADWIMPSのメンバーである。
その期間山口の代わりとしてドラムのサポートを行っているのがこの2人。
森 瑞希(もり みずき)
山口に代わって急遽オーディションで選抜された人物。
刃田 綴色(はた としき)
本名は畑 利樹。元東京事変のメンバー。
少しでも早く山口の体調がよくなり、RADWIMPSに復帰してくれることを切に願う。